2009年10月6日火曜日

「預言的対話」の研修コース(8月17日―30日)

2000年の第15回総会以降、神言会はそのアイデンティティを「預言的対話」という言葉で表現し始めました。この預言的対話を今日より活き活きと確信を持って生きるため、汎アメリカゾーンのラテン語圏の兄弟会員に声がかかり、研修コースを開くことになり、その開催地が今回、我らがファティマに選ばれたわけです。

17日(月)
 AREの管区長、ゾーンの会長のアルベルト神父の開会のあいさつ。
 宣教地の旗を立てながら、顔見せ。
 雑事の説明

  最初の分かち合い
 
 第一週の、エニアグラムのコースを指導する信徒の紹介。
 二人組になって分かち合い。
 互いが互いを紹介するダイナミック
 第一回講話。エニアグラム概要。
 開会ミサ
 乾杯!
 この日、インドネシアの独立記念日で、インドネシア人の兄弟会員が国歌を歌いました。
 ベトナム出身でパラグアイで働くサン神父。国の服でラテン乗りの小話をしてくれました。
  マリアッチ登場。歓迎会を盛り上げてくれました。
 フィナーレはア~イ、ヤイ、ヤイヤ~イ!と歌ってから、電車踊り。

18日―21日。
エニアグラムは9つの性格分析をもとに自己と他己との折り合いをどうつけていくかを謙虚に学ぶ方法論ですが、何しろ1番、3番、8番と、数字で「このタイプの性格の人は…」と話していくわけです。これがエスカレートすると、非常に不愉快なわけですが、この日々いちばん興味深かったのは次の次第:一日分のコースが終わると聖堂でミサをそれぞれの国の個性が出るようなダイナミックをもなって祝う、ということになっており、このミサから出てくると、誰一人として数字を持ちあげて話をすることがない、結局性格判断や分析を行っても、神様の前で同じ地平に立った兄弟に戻る、という深い現実を生で生きることができました。

 コースの開始と同じ日に、前の教会で小生の主任だったロレンソ神父が、脳にがんの腫瘍を患って入院しました。病院訪問難しかったんですが、合間を縫って二度ほど他の兄弟たちと一緒にお見舞いをすることができました。

23日(日)
この日は、遠足の日。ロレトとサン・イグナシオの遺跡を回りました。兄弟会員とワイワイしながら行くと、楽しいですね。知ったところだ、と思っていたものの、ツアーのガイドのお兄さんの話術に載せられて、本当に楽しくまたいろいろと考えさせられる遠足になりました。

第一週はエニアグラムを活用して自己との出会い、兄弟会員との出会い、共同体生活を送るためのスキルを学んだわけですが、第二週は対話の相手に主がおかれました。

24日―26日
 現住の人々と共なる司牧に関するコース (フェルナンド神父)

 移民に関するコース (ロベルト修士)
 一区切りのミサ

27日―29日
 都会での司牧に関するコース (ピオ・エステパ神父)
 アフロ系子孫への司牧に関するコース(エミグディオ神父)


30日(日)
閉会ミサ


送別会

その日の午後、コースに参加していた隣町出身のラモン神父を実家に連れて行くついでに、彼の出身教会を訪れたら、信徒総会をミサで終えようとしていたので、せっかくだからということで共同司式してきました。

帰り道、頼まれていたルハンの教会により、青年宣教活動の派遣式に参加してお祈りしてきました。

8月16日 ブロニスラオ神父の誕生日、子どもの日

二日早いけれどエウヘニオ神父(白いシャツ)が、同僚のブロニスラオ神父(水色シャツ)の誕生会をファティマで開きました。本当はもう一人のブロニスラオ神父が数日前に87歳の誕生日を迎えていたので、間を取ってこの日に一緒に二人のブロニスラオ神父の誕生会、という予定だったのですが、87歳の神父さんが急に考えを変えて、結局昼食に顔を出しませんでした。とはいえ、楽しく祝いました。

午後は、雨で流れた子供の日の集いが、聖フランシスコ共同体の中庭で行われており、少し顔を出してから、締めくくりのミサを司式しました。ボアネルジェス(雷の子ら)という歌のグループがいろんな遊びを企画し、またイエスの御心教会の青年会のみんながピエロの格好で訪れて、笑いを運んでくれました。

8月15日 新司教区発足と司教叙階式

聖母の被昇天の祝日、我らがミシオネス州に、というかアルゼンチンに、新しくオベラ司教区が発足しました。新司教はこの日までポサダスのカテドラルで主任司祭をしていたヴィクトル神父です。恵みの大きさは、何といってもまず彼が学問のタイトルを特別に持っていない、ということにあります。しかも、オベラの敷地内に属するカンポ・グランデの出身で、他から突然連れてこられたわけではない、というのも大きなことです。つまり、土地の現状を小さいころから肌で知っている。しかも、ポサダスのカテドラルに行く前には、まさに今回司教座聖堂とされた聖アントニオ教会で20年近く主任司祭をしていて、当時から非常に人々に近しかった、というわけで、この日の叙階式には、もうものすごい量の人々が、ものすごい喜びで詰め寄せました。こんなに幸せを感じる司教叙階式は見たことがありません。
 ミサ前
 聖書の伴う祝福
 すでに司教
 ほら、ものすごい人だかりですよね。

8月11日―15日の巡回

11日
 コルドバから帰ってきて、ヴィリャ・カベリョにOTPの学生たちを送り届けると、フアン・マルキエヴィチ神父さんが出迎えてくれました。彼の大叔父さんは、福者ミハウ(ミカエル)・マルキエヴィチ神父で、ドン・ボスコがサレジオ会をイタリアで発足していたのと同じ時期に、ポーランドで青年教育を目的としたに通った修道会を設立した福者です。
 そのあと、ベタニアに向かい、聖霊会の召命担当のシスターたちと、10月の宣教の月に何ができるかを話し合いに行きました。

午後、オベラでミサをしました。オベラの王たるキリスト教会では、青年たちが間近に迫った新司教区設立と新司教叙階式の小物の準備をしていました。

12日。
 サンタ・リタ市で眠をとって、アリシア・アルタ市の要理の先生を訪れました。お金がなくて聖書を買えない子供たちのための新約聖書を寄付するという名目でしたが、本当は少し前にやっと生まれた赤ちゃんに会いたい、というのが願いでした。
 ソベルビオ市、昼食をフィリピン人のエドゥアルド神父と分かち合いました。
 夜は、北島神父さんのはたらくカンポ・グランデ市、聖ラファエル教会で堅信の生徒たちのためのミサです。

13日
 アリストブロ・デル・ヴァリェ市で眠を取り、朝の祈りを共同体の兄弟会員とともにしてから、北への道を進みました。
 昼は、エル・ドラド市の7年前の仲間と出会い、ご飯を食べました。そのあと、当時15歳だったけれど今は独り立ちして小さな洋服屋を営んでいる女の子を訪れ、店の祝福をしました。
 こうして、午後、さらに北へ100キロ進んで、目的のアンドレシット市に到着。ここで召命の予感のある男の子と会う、ということだったわけですが、その日集まっていた青年会のみんなとも顔を合わせ、間近に迫った聖地巡礼の準備に祝福をしました。

14日
 300キロのロケ・ゴンザレス高校の職員が3日後に迫ったPANAMゾーンの『預言的対話についての研修コース』に訪れる兄弟会員を迎えるために、ファティマの装飾に来ていました。
 夕方出かける前に、隣の部屋をのぞくと、うちの一人の志願生が、有志の信者さんにミサの歌伴奏をギターで教えていました。
 ということで、夜は隣のイエスの御心教会で青年ミサの司式をし、そのあとの集いにもちょっとだけ顔を出しました。